ポルシェの歴史上、最初で最後の「アナログな手触りを持つ」スーパースポーツカー、カレラGTの魅力に迫る

どちらかと言うと、スーパーカーのメーカーというよりは、質実剛健なスポーツカーメーカーといったイメージの強いメーカー、ポルシェ。フォルクスワーゲン・タイプ1のコンポーネントを利用して開発したポルシェ・356からスタートしたポルシェの市販車は、稀代の名スポーツカー・911の登場により世界に名を轟かせることになります。

そんなポルシェが現在までに生産した「スーパースポーツカー」と言えるクルマは3車種。「959」「カレラGT」そして「918スパイダー」です(「911GT1」などのホモロゲーション獲得のために市販されたモデルは除外)。今回の記事では、20世紀末から21世紀初頭のスーパースポーツカーの代表格、カレラGTについて紹介していきます!

予定台数の1500台に届かず

ポルシェ・カレラGTが生産されたのは、2003年から2006年にかけてのこと。生産台数は、もともと1500台の限定生産を計画していましたが、最終的には1270台で生産を終了します。それでも、ポルシェ初のスーパースポーツカー・959が283台、カレラGTの後継車種である918スパイダーが918台しか生産されなかったことを考えると、ポルシェのスーパースポーツカーの中では最も多く生産された車種、と言えるでしょう。

ポルシェ・959が可変トルクスプリット式の電子制御式四輪駆動を取り入れたり、グループCの名レーシングカー・962Cのパワーユニットを公道用にデチューンしたものを搭載したりして、当時のポルシェの最新技術をわかりやすい形で満載したモデルになっていたのと比較して、カレラGTはある意味「保守的なスーパースポーツカー」と言えるかもしれません。

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というのは、カレラGTを構成する要素、つまり大排気量の自然吸気マルチシリンダーエンジン、フルカーボンのシャシーやボディパネル、ミッドシップレイアウトと後輪駆動、豪華で高級感のあるインテリアを持つ2シーター、といった特徴は、すでに2003年当時にはスーパースポーツカーの間で「常識」となっていました。1993年のマクラーレン・F1の登場以降、1995年のフェラーリ・F50などもカーボン製のシャシーを採用していたことから、カレラGTに採用された技術のほとんどは「すでに完成されたもの」だったのです。

サブフレームまでカーボン製

とはいえ、カレラGT、そして後継車・918スパイダーでしか見られない独特の構造が、エンジンを囲うように成型されたカーボンファイバー製のサブフレームです。カレラGTのシャシーのメイン構造体はバスタブ形状のカーボンファイバー製ブロックで、そこにさらに上下分割型のサブフレームを剛結。その中にエンジンを納め、サブフレームがサスペンションなどを支持する構造となっています。上のサブフレームはボルト留めとなっていて、エンジンを下ろす場合の整備性を確保。この「サブフレームをカーボン製とする」という構造は、現在に至るまでポルシェの2車種でしか採用されていません。リアのエンジンルームを覗くと、このサブフレームがエンジンを囲うように支持し、またリアサスペンションが取り付けられている様子を見ることができます。

カレラGTの先進的なエンジニアリングというと実はそのサブフレームくらいなもので、エンジンやトランンスミッション、駆動方式などについてはかなり保守的なもので構成されています。トランスミッションはコンベンショナルな6速マニュアルで、165mmという超小径、かつカーボンセラミックを採用した超軽量設計となっています。ただしこのクラッチ、性格的にはピーキーかつ繋がりがわかりにくいと言われており、ドライビングにはかなりの神経を使う、とされています。同時期のライバル、エンツォ・フェラーリがセミ・オートマチックを採用し、クラッチペダルを廃止ししていた点とは対象的で、ポルシェはより伝統的なドライブフィーリングを求めていたのでしょう。

ちなみに、シフトノブにはケヤキとタモを積層し成型した木製となっており、かつて軽量化のためにバルサ製のシフトノブを採用したレーシングカー・917へのオマージュとなっています。シフトノブの位置がハンドルにできるだけ近くに配置されているのも大きな特徴です。

もともとレース用に開発されていたV10エンジン

エンジンは、もともとレース用に開発されていた5.5リッターのエンジンを、公道での使用を考慮して5.7リッターに変更したもの。自然吸気V型10気筒DOHCで、ボア98mm、ストローク76mmというショートストローク型エンジンは、最高出力612ps/8,000rpm、最大トルク60.2kgm/5,750rpmを発生。エンジン単体重量は200kgを切るなど、軽量化も考慮されています。エンジンのバンク角は、V10で理想的な等間隔燃焼となる72度ではなく、エンジンの補機類やその他のレイアウトを重視してあえて68度に設定されています。エンジンはポルシェ本社のあるツッフェンハウゼン工場で日産2〜3台のペースで手作業で組み上げられ、ライプツィヒ工場で車体とドッキング、完成させる工程が取られていました。

ボディはタルガトップスタイルとなっていて、かつ十分な剛性が確保されているにも関わらず、カーボンを多用したボディ構造により車重は1380kgと非常に軽く仕上がりました。0-100km加速は3.8秒、最高速度は330km以上という、このクラスのスーパースポーツカーらしい圧倒的な性能を誇ります。

今やポルシェの看板技術、PCCB

採用されているブレーキは、今やポルシェの看板オプションの一つとなった、ポルシェ・セラミック・コンポジット・ブレーキ(PCCB)。カーボンセラミック複合素材のブレーキローターに、高い剛性のモノブロックキャリパーを組み合わせ、強力な制動能力を実現しています。レーシングカーではすでに長らく採用されてきた技術でしたが、公道用として実用化されたのはかなり後になってからのことでした。ブレーキローターの重量はわずか18kgとスチール製に比べて非常に軽く、また対フェード性、耐熱性、耐久性にも非常に優れています。

こうした高い性能を公道で使用する、ということを考慮すると、カレラGTのセッティングは、当時の技術レベルだと「安全マージンを大きく取る」という方法しかなかったのかもしれません。というのは、アンチスピンデバイスを持たず、トラクションコントロールしか装備しないカレラGTのハンドリングは、もともとかなりアンダーステアにセッティングされており、公道ではできる限り限界を超えないように、サーキットでも限界まで攻めるのは「プロドライバーでも難しい」というセッティングとなっていたのです。扱いやすさが重視される近年のスーパースポーツカーとは全く異なっており、技術の進歩とすでに生産終了から10年の時間が流れていることを実感するポイントと言えるでしょう。

最初で最後の「アナログな手触りを持つスーパーカー」

後継車の918スパイダーには、予定された生産台数に届かなかったカレラGTの余剰部品がうまく再利用されました。しかし、その中身は3個のモーターを採用したプラグインハイブリッドで、かつ四輪駆動。超小型車並みの圧倒的な燃費性能と、ニュルブルクリンクで7分を切る性能を備えた、まさに技術オリエンテッドなスーパースポーツカーとなっています。

ハイテクで武装されるのが当たり前のポルシェのスーパースポーツカーにおいて、最新技術の採用が少なく、一見エンジニアリング的には地味な存在に映るカレラGT。なぜ、カレラGTはここまでアナログな手触りを持つスーパースポーツカーとなったのでしょうか?

筆者は、かつて何の電子デバイスも搭載していないにも関わらず、ル・マン24時間レースで過酷な戦いを続けた917のようなレーシングカー、それに対する敬意がこのクルマを作り上げたのではないか、と考えています。トラクションコントロールこそ搭載されているものの、カレラGTはドライバー自身の運転技術が試されるクルマであることは間違いありません。ステアリングホイールの真横に位置する木製のシフトノブ、そこに込められた過去のレーシングカー、ドライバーへの敬意が、カレラGTの根源となっているのです。

[ライター/守屋健]